2013年08月29日 更新
「神曲」―皆様も一度は見聞きした作品名ではないでしょうか。イタリアが輩出した詩人・ダンテの代表作にして、世界最高峰の文学作品と評価される長編叙事詩です。今回は諸橋近代美術館で7月6日から開催されているテーマ展示「ダリ版画 ダンテ『神曲』」をご紹介します。
地獄篇・煉獄篇・天国篇の3部構成を通して百の詩が綴られた大作です。著者であるダンテ自身が主人公となり、地獄・煉獄・天国を旅する様子を通じてカトリックにおける道徳観と模範的な人間像を表現しています。叙事詩としての側面を持つ傍ら、道徳観念を説く教本としての役割も持ち合わせたことで世間に広く浸透し後世の文学に多大な影響を及ぼしたのです。
『神曲』は文学の他、芸術作品にも影響を与えて度々主題とされてきました。シュルレアリスムの芸術家、サルバドール・ダリも『神曲』をテーマに作品を制作しています。
1950年、ダリの下へイタリア政府からダンテ生誕700年を記念する出版物用に『神曲』の挿絵制作依頼が舞い込みます。ダリは「霊的なもの」「神聖なもの」といった、人間の知覚しうる範疇を超える存在に強い関心を持っていたので、死後の世界を舞台とした『神曲』はダリにとって非常に魅力的な題材でした。
依頼を受けたダリは、水彩画の制作に着手しました。柔らかく溶け出すような人の横顔や、広大な風景にポツリと佇む影、身体に引き出しをつけた女性といったダリ独自のモチーフを使用して「神曲」の各場面を表現しました。さらに、地獄の風景を鮮やかな色彩で表現したことによって、従来暗黒の世界と信じられてきた地獄の印象を覆そうとしたのです。
残念なことにイタリア政府による『神曲』発行計画は半ばにして中断されてしまいますが、それに代わりパリの出版社がダリの水彩原画を基に版画作品集《ダンテ『神曲』》の出版に着手します。水彩原画の持つ繊細な線と色遣いを損なわぬよう、緻密な色分解と細かな彫りによって刷り上げられました。1枚の挿絵につき30以上の色版を重ねることで、瑞々しい色彩で死後の世界をドラマティックに表現したダリの技巧と、版画工房の職人の技巧とが融合し、『神曲』の幻想的な世界観が版画作品として見事に再現されたのです。
本展覧会では、当館が所蔵する版画《ダンテ『神曲』》100点と制作工程を一堂に展示しています。人智を超越した未知の世界の物語、古典文学とダリの感性によって再構築された世界観をどうぞご覧下さい。
作品
①《ダンテ『神曲』地獄篇第27歌 黒いケルビーニ》リトグラフ 紙
②《ダンテ『神曲』煉獄篇第1歌 悔悟者の治世》リトグラフ 紙
当館所蔵
執筆者:学芸員 大野方子
掲載誌:福島民報 2013年8月17日掲載